ぼくの最高速度(´⊙ω⊙`) @kahonyun

美味しいものと家族を愛すエンジニャー。最近ママになりました。何でも書きます。

「ヒプマイ舞台化」でファン同士がラップバトルしてる件

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「ヒプマイ」ってなに?
キングレコード EVIL LINE RECORDSが2017年からスタートした音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」、通称ヒプマイ。
声優たちが繰り広げるラップ楽曲や斬新な世界観に魅了され、女性を中心に社会現象を巻き起こしていると言っても過言ではない盛り上がりを見せています。ゲームやアプリとのコラボも積極的で、2018年に8万円ものコラボメニューが登場し話題に。(蛇足だが少なくとも456組以上が実際にオーダーしている)

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そして、4回目となるLIVEを大好評のうちに終了し熱冷めやらぬ今、そのヒプマイが新たに発表したのが「舞台化」。コンテンツが舞台にメディアミックスする事例は、珍しくなく、元来のファン層と近しいとみられる舞台ファンへ認知を広げることができ、マーケティング手法としては正しく見える。しかし、ここ数日「ヒプマイ舞台化が受け入れられない」という声がネットを中心に相次いでいます。

舞台化に批判的意見がでた仮説
その理由を、以下の仮説をたてました。

  • ヒプマイ舞台化は声優陣が参加するポイントがないこと
  • 日本における恋や愛の価値観とのギャップ

ヒプマイは魅力にハマる”沼”ポイントが多い

ヒプノシスマイクが注目されている1つの理由は、「声優×キャラクター」プロジェクトという新たな企画内容。
元来、既存の作品(原作)の世界観を元に声優が担当、というフローが一般的でしたが、ヒプマイの手法により”声優本人こそが原作”となりました。
この手法により、ヒプマイに魅せられ、ファンになる”沼ポイント”が多様化。(現在は"声優"をメインとした訴求から"音楽原作"に変更されており、この発表のない方針変更も今回の火種になっている。)

”沼ポイント”は、大きく2パターンあります。声優たちを起点としたコンテンツの沼と、キャラクターを起点として作られたコンテンツによる沼です。ヒプマイは既に多様にメディアミックスされていますが、そのコンテンツを沼別にあげると以下のようになります。

【声優起点コンテンツ沼】

  • LIVE
  • ニコ生ラジオ
  • MV

【キャラクター起点コンテンツ沼】

  • コミカライズ
  • グッズ
  • MV
  • アプリ
  • (二次創作)

ヒプマイ初見層が初めて接するコンテンツは、MVが多数派。
YouTubeで世界から門戸があり無料でみられるため大きいとみられます。
熱量の高いファンになるにつれて、リスト上位へコンテンツの消費が移行していく傾向に。
ヒプマイに触れる門戸がMVからではなく、リスト上のどこから入ったとしても、楽しめるコンテンツです。

このように沼は大きく6箇所(二次創作が入る7箇所ですが、プロジェクト非公式のコンテンツのため今回は触れない。)に分かれ、ヒプマイファンはどこからかファーストコンタクトをとったか、その後ファンがどのコンテンツへの熱量が高くなるかで、ファンの趣向が明確に分けられます。
そのラインが「声優起点コンテンツ」か「キャラクター起点コンテンツ」であるか。

ヒプマイにおけるコンテンツ種別を集合的に表した図。
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注目したい点が、声優と舞台の集合間で”共通部分が空白”なところ。この点こそが、今回の舞台化に対し否定的なファンを生んだ要因とみています。

メディアミックスによってファンが感じる「裏切り」

前述したように、一般的なメディアミックスは原作が中心となるため、共通部分が必然的に発生します。しばしばニュースに取り上げられる「漫画原作、実写映画化失敗」となる例は、原作との相違点の多さや、期待値とクオリティーのギャップによって「裏切られた」と感じることで批判が起きている模様。

そして、既存ファンにとってヒプマイ舞台化が「ファンの裏切り」だと感じた点が、メディアミックスによるメディア間の共通部分の欠如です。あくまで正確にデータをとっていないことを前提におきますが、既存ファンのなかでも舞台化を否定的に捉えている層は、声優起点のコンテンツ沼に浸かっているファンが多いように見えます。

つまり、声優起点のコンテンツ沼に浸かっているファン層にとって、ヒプマイは声優あってのプロジェクト。現在の発表内容から判断するに、舞台では彼女たちにとって自らの推しでありヒプマイの根源である声優陣がなんの介入もしない内容となっているのです。応援しているプロジェクトであるはずのヒプマイが、別の作品、そして声優たちをないがしろに見えてしまい「受け入れられない」と語るのは、当然のファン心理に思えます。

結果的に、
ファンがヒプマイを「声優がラップを歌うプロジェクト」として見ているか、「ヒプマイという世界でキャラたちの物語として見ているか」によって、舞台の賛否がわかれている、のではないでしょうか。

これは、ファンがハマるポイントが多様である(=沼が多い)ことによって幅広いファンを獲得するも、今回のような批判を生みやすいリスクを孕んでいる、とも言えます。


日本の恋愛文化

さらに、反対派の声が大きい要因は、「日本における恋愛観」の影響もあるのではないでしょうか。

声優に対して”恋”に近い熱量を抱くファンは少なくありません。そして、日本の恋や結婚の価値観は一夫一妻制を原則であり、ジャンルを問わず「唯一の相手」や「変わらない愛」が理想とされています。今回のヒプマイの声優コンテンツのファンにとって舞台化は、「同一作品の同一キャラ(だけど違う人)」に好感を抱くことは浮気に類似しており、タブーな心理が働いた結果批判が多くなっているように思えました。

一方、一般的に舞台におけるW配役は珍しくありません。1人の主役に対し配役が2人、という作品はよくあることです。長期の上演をこなすため、さらに役者ファンの関心を集めるために、有効な手段なのでしょう。しかしこれは舞台の文化であって、アニメや声優の文化にはありませんでした。昨今、1つの作品に対しドラマCD・アニメ・アプリ等全て同じ人物が声を担当することが多いため、1作品1担当が前提のオタクライフを送ってきた人々にとっては新鮮すぎて、劇薬となったのかもしれません。
これはあくまで妄想度の高い仮説ですが、恋に対して非常にカジュアルなフランスなどの国のファンには受け入れられやすいのかもしれませんね。

SNSマーケ視点で今回の問題を防止する
以上を踏まえ、SNSや既存ファンの批判を防止するために、舞台化発表は以下に留意すべきだったと考えます。

  • 声優陣と舞台役者、両者を交えての発表。これによって、共通部分をつくることができる。
  • ファンや声優陣を尊重しての企画、という情報発信によって「裏切られた」感情を刺激しないこと。
  • 「声優プロジェクト→音楽原作」転換を、去年のうちに発表&説明すべきだった。

雑に締め
私自身一人のヒプマイファンとして、SNSが実社会に大きな影響を及ぼす現代では制作やプロジェクト発表後の受け手(ファン)がどう捉えるかの設計まで手を尽くしてほしい、と願う事例でした。おわり!


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